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認定NPO法人多言語社会リソースかながわ

認定NPO法人多言語社会リソースかながわ(以下、「MICかながわ」)は、2002年から神奈川県を中心に医療通訳ボランティア活動を始め、現在では年間約7,000件の通訳派遣を行っています。対応言語はアジア圏を中心に12言語に及び、それぞれしっかりとした研修が行われたのちに、協定医療機関へ派遣されます。今回は、理事長の松野勝民さん、副理事長の岩元陽子さん、および英語通訳の田中圭さんにお話を伺いました。


(左から)NPO法人MICかながわ 副理事長の岩元さん、理事長の松野さん、英語通訳の田中さん

FIT:MICかながわ立ち上げのきっかけを教えてください。
松野:2002年が立ち上げですが、その3年前くらいから、かながわボランティアセンターが通訳グループを集めてシンポジウムを行っていました。その中で、「医療現場の通訳の困難さ」が多く出され、かながわボランティアセンターで「医療に特化した研修をやろう」というプロジェクトが始まったことが最初のきっかけです。
私はもともと病院のソーシャルワーカーとして30年以上勤めていましたが、1990年以降在留資格のない外国籍の方々が直面する医療問題に関わりました。健康保険に入れないので医療費が高く、入院等になると払えない。この点について以前は生活保護で対応できることもありましたが、1990年以降対応が難しくなり、各地で診療拒否という事態も起こってきました。「お金がなくても治療は受けられるが、言葉が分からなければ治療は受けられない」という問題は顕著でした。そのようなときに偶然が重なってこのプロジェクトに携わることとなりました。

現在MICかながわでは、医療現場への派遣前に研修を行い、合否判定を経て、通訳をお願いしています。この研修では、語学力だけではなく、コミュニケーション力などが重視されています。


FITどのような方々がボランティアに参加しているのでしょうか。
岩元:語学力はもちろんですが、ハートのある方々が参加してくれています。海外で暮らしていた日本人で、帰国後も何かのお役に立ちたいという方が多いと思います。または、外国の方で、日本に住むことにとても苦労し、病院で大変な思いをした経験があり、今は生活に慣れてきて余裕が出てきたのでお手伝いしたいという方もいます。神奈川県の広報誌に募集情報を載せていますが、以前は、仕事として生計を立てられると思って連絡をくださる方もいました。通訳派遣事業では、13時間3,240円の交通費込の手当が支払われていますが、通訳業務に求められる能力やスキルを考えると十分でないことは明白です。このような諸々の事情にも理解のある方が残ってくださっています。

FIT英語については、話せる医師も多いのではないかと思うのですが。
田中:確かに英語を話せる医師はいますので、立ち上げ当時の対応言語(5言語:スペイン語、ポルトガル語、中国語、韓国・朝鮮語、タガログ語)には含まれていませんでした。しかし、患者さんは必ずしも欧米の方々だけではなく、なまりの強い英語を話す患者さんもいます。そのような患者さんに医師が慣れておらず、聞き取れない場合には、MICかながわのサポートが必要となります。MICかながわの通訳ボランティアは患者さんと一緒に待合室で2時間くらい待つこともあります。その間に、その患者さんの話し方に慣れることもできるし、なぜ病院に来たのかについても聞いておくことができます。また医師によっては、医療専門用語は理解できるが、普段の生活についての簡単な表現がわからなかったり、患者さんによっては、医療専門用語がわからないといった事態も多々発生します。このような食い違いが起きた時に、通訳ボランティアが専門用語を噛み砕いてお伝えすることがあります。患者さんは必ずしも高い教育を受けた人たちとは限りません。

岩元:MICかながわの通訳が派遣されるようになってから、医師による患者さんへの意識も変わっているのではと感じることがあります。例えば、10数年前、医師の話に出てきた「妊娠中毒症」(現在は「妊娠高血圧症候群」)という専門用語をそのまま訳して患者さんが理解できず、その病気の説明を医師に求めた時のことです。日本人患者なら聞いて大体わかるので、医師もこれまで質問されたことがなかったのでしょう。うまい説明が思いつかず、本格的な医学の話になり、しかも深刻な内容が含まれていたので、私も必死に訳しましたが、案の定、患者さんはパニックになってしまいました。しかし、今ではそのような場面も少なくなり、医師や看護師がとても上手に説明してくださるようになったと感じます。医師と通訳ボランティアが協力し、「患者さんが正しく理解できるように伝える」という一番大切なことが実現できています。

FIT個人的に通訳ボランティアとして参加したいと思ったきっかけを教えてください。
田中:以前アメリカで子育てをしていたことがあり、子どものために病院に通いづめになったことが大きなきっかけです。小学校2年生から子どもの具合が悪くなったのですが、当時日常会話は問題ありませんでしたので、小児科では問題なく医師とお話ができました。しかし結局、病気の原因がつかめず、大学病院に行くことになりました。自分の子どもが大学病院に行くほどまでの病気なのかと頭が真っ白になってしまいました。診断結果を見たら、日本語でも聞いたことのないような病気。すごい不安。幸い先生はすごく良い方で、きちんと答えてくれるのですが、日本語だったらもっと質問できるのに、という思いはぬぐえませんでした。その日を境に帰国するまでずっと病院に通う日々を過ごしました。そんな状況の中、増やされた薬の一つが白血病の治療薬と書いてあると、「みんなは私には言わないけれど、この子もしかしたら白血病なんじゃないか」と疑心暗鬼になってしまいました。お母さんに伝えるのはかわいそうだから、私だけが知らなくて、この子は本当はすごく深刻な病気なのではないかと。すごい量の薬を処方されて、こんなに子どもに飲ませて将来大丈夫なのだろうか、でもうまく医師に伝えられない、聞けないというもどかしい思いがありました。結果的に、すごくラッキーなことに、日本では認可されていない薬が効いて今は寛解状態となり、普通の生活ができる状態になっています。しかし帰国するまで病院との縁が切れませんでした。帰国後に県の募集を見つけて、「これは私しかできない、あれだけ病院に通ったんだから」と思い参加を決めました。その後登録に至って思い知ったのは自分が詳しいのは自分の子どもの病気に関してだけだという事です。いまだに日々勉強会などで研鑽をつんでいます。

FIT派遣先に産婦人科が多いことには何か理由があるのでしょうか。
岩元:産婦人科は一人の患者が健診などで何回も行くので必要とされる通訳の回数が増えます。健診は比較的落ち着いている現場なので、新人通訳ボランティアの派遣先として適しています。しかし初めてボランティア派遣された先で、お腹の中で赤ちゃんがなくなっていて、大変な思いをした通訳者もいました。重要な診断は通常、複数の医師で確認してから患者に告げるのでしょうが、医師たちが話し合っている間、通訳は緊張するものの、もっと緊張しているであろう患者さんに冷静に寄り添わなければなりません。厳しい場面で通訳をすることはとても重い気持ちになりますので、それを一人で抱え込まないよう、周囲のサポートが必要です。通訳ボランティアの皆さんには、事務局のスタッフなど、話しても安全な相手に吐き出してもらったり、同じ言語チームでピアカウンセリングを行ったりしてもらっています。気持ちが入り込みすぎると通訳が大変になります。

松野:患者さんにとっては、ようやく言葉が通じる人と出会えたと、頼りにされてしまいます。もし電話番号などを教えてしまうと夜中に電話がかかってきてしまったり対応が大変になります。病院からは同じ通訳ボランティアに来てほしいと依頼されますが、多くの通訳ボランティアに経験を積んでもらいたいという県の意向もあり、コーディネーターも苦労して派遣する通訳ボランティアを決めています。複雑なケースの場合、次々にボランティアが変わるのも大変ですので、何人かに限定して3人くらいで順番にお願いするということもあります。


FIT心に残っているエピソードがあれば教えてください。
松野:あるペルー人の小学校4年生のお子さんとお母さんのお話を紹介します。日系ペルー人は、日本でコミュニティができていて、日本語が話せなくても生活ができてしまいます。しかし、子どもは学校に通いますので日本語が話せるようになります。そうすると、お子さんは日本語とスペイン語両方できて通訳ができるようになります。そんな状況の中、通院をしていたお母さんの病状がなかなかよくならないことがありました。普段はお子さんを通訳として病院に連れて行っていたのですが、その時は学校の行事のため、MICかながわがの通訳が派遣されました。病院での説明をお母さんが聞くと、お子さんから聞いていたことと違っていた。最初からきちんと説明をしてもらったら、病状は一気によくなりました。お子さんはお母さんがかわいそうで本当のことを言えなかったそうです。公平な立場での通訳が必要だと痛感しました。

岩元:このようなケースはたくさんあります。私は地元のボランティアグループで翻訳通訳を行っていたことがきっかけでMICかながわに関わるようになったのですが、ボランティアの責任問題にぶつかることがありました。保健所の外国人ママの会で、通訳として皆でお手伝いしていたのですが、あるお母さんから病院についてきてほしいとお願いがありました。手術をしなければならないようだが、理由がわからないと。手術の説明のような難しい通訳で「もし万が一何かあっても誰も責任をとれない、きちんとした研修も受けていないボランティアができることではない」と皆、尻込みしました。結局、そのお母さんは中学一年生の姪っ子を学校を休ませて連れて行っていました。このような状況への問題意識は高くなっていますが、一般の人は知らない問題なので、ある神戸の団体ではDVD配布による啓蒙活動も行われています。

FIT昨年始められた、在宅医療通訳派遣事業の状況はいかがですか。
松野:現状では何件か問い合わせはありますが、あまり進んでいないのが実情です。周知方法を検討しているところです。当初は「在宅医療」を考えていましたが、外国籍の方々も高齢化が進んできており「介護分野」にも目を向けていこうと考え、介護事業所や地域包括支援センター等からの依頼も受けるように整備しています。生活全体の中で必要なインフォーマルサービスの一つとして考えています。

FIT通訳派遣事業については制度化されているのですか。
松野:神奈川県の医療機関への派遣を原則として制度化されています。協定医療機関は36機関となりました。事業の盲点としては、通訳には各病院から支払われる報酬がありますが、MICかながわには報酬がありません。通訳派遣が増えれば増えるほど、事務方が大変になります。他の地域でも制度化できるためにも、恒常的なシステムへと成長させていくことが今後の課題です。

FIT本日は貴重なお話をありがとうございました。

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