NPO法人 エンジェルサポートセンター
NPO法人エンジェルサポートセンターは児童養護施設や里親家庭といった社会的養護のもとで生活する児童への自立支援プログラムを提供している団体です。本団体理事長の高橋利之さんと、高橋さんのお父さまであり、創設100年を越える児童養護施設「至誠学園」の名誉学園長として、子どもたちのためにさまざまな支援を続けている高橋利一さんにお話を伺いました。
FIT:エンジェルサポートセンターを立ち上げたきっかけを教えてください
高橋:エンジェルサポートセンターは、社会的養護からの自立支援を行う特定非営利活動法人(NPO法人)です。日本では親からの虐待や養育困難などの理由により、児童養護施設や里親家庭で生活する児童が全国に4万人ほどいるのですが、毎年1,200名ほどの若者たちが18歳という年齢で施設や里親家庭を離れ、寮やアパート等で一人暮らしを始めます。18歳というのは一般的に高校3年生にあたる年齢で、本来であればまだまだ親のサポートが必要な年齢なのですが、社会的養護下で育った子どもたちは、この年齢になると同年代の若者以上に自立を求められるという現実があります。自立後、それまでの生活や環境からの大きな変化により、結果として社会の中で孤立してしまったり、問題に巻き込まれてしまうこともあります。また、施設出身であるというレッテルを自らに貼ってしまうことで、前を向くことが困難な子どもたちもいます。児童福祉の現場で日々このような状況に接する中で、「なにかしよう」という思いが沸き起こってきたことが、エンジェルサポートセンターのきっかけとなりました。2002年に団体を設立し、職員は、全員無給職員で、企業等でそれぞれ仕事を持ちながら活動しています。
FIT:「社会的養護」という言葉に普段馴染みがない人も多いかもしれませんが、子どもたちを取り巻く状況や制度について教えていただけますか?
高橋:子どもの状況は多岐にわたり、施設の種類や地域により異なります。例えば、児童養護施設に来る子どもは、民法上で親権を一時的に施設に譲渡する「措置制度」の元入所します。ある意味で親から親権を取り上げることになりますが、その決定は、児童相談所が子どもを取り巻く様々な状況から判断しています。児童養護施設では、保護者の代わりに、義務教育を受けたり安心できる生活を送ることができるような環境を子どもたちに対して整えています。
2000年に「児童虐待防止法」ができたことにより、子どもの人権侵害があると思われる場合は、児童相談所の判断で強制的に介入することができるようになり、必要に応じて子どもたちを親から引き離すことができるようになりました。子どもが自分自身で判断できる場合は、保護者の同意がなくても、子どもの同意で施設に来ることができますが、虐待が疑われるという通告があった場合でも、子どもの身柄を保護する目的で、施設等に移すことが可能です。親が施設での保護に同意しないケースでは、警察と児童相談所が一緒に家庭に介入し、子どもの安全のために保護することができます。
現在では子どもたちを取り巻く状況も多様化してきており、問題が複雑に重なりあっています。こうした状況を私たちは「重篤なケース」と呼んでいます。家庭、警察、学校の問題などが重なって「重篤なケース」となり施設に来る子どもは、特に都市部に多く見受けられます。例えば、両親が東京で働いており、子どもは地方に暮らす祖父母が世話をしていたが、祖父母の余裕がなくなったために、子ども自らが東京に出てきた結果、保護されたというケースもあります。子どもが自ら施設入りたいと言う場合もあります。これらは新しいケースであるといえます。施設は子どもの保護が一番の目的ですが、子どもを保護し養育するだけでなく、親子の関係を再構築できるよう支援することや、仕事に就くことによって親子が再び一緒に暮らせるようサポートすることも、施設としての重要な役割となっています。エンジェルサポートセンターに来ている子どもたちも、働いて生活能力が身につくことで、親や兄弟と一緒に暮らすようになったという例もあります。
FIT:18歳となるとまだまだ周囲の支えが必要な年齢ですよね。18歳を過ぎてから施設に残ることは出来ないのでしょうか?
高橋:「措置延長」といって18歳以降も施設に残って引き続き必要な支援を受けることができる制度もあります。児童養護施設は「児童福祉法」という国が定めた法律に基づく公的な措置施設ですが、その運営費用は国と都道府県が半分ずつ負担をしています。そのため、国が良い政策を打ち出したとしても、都道府県の財政事情によっては全面的な支援をすることができない場合もあるのです。子どもたちがより良い自立生活を送るために高等教育中も支援をしたいとしても、施設の財源の面から18歳で自立を促す結果となってしまっています。そのため「措置延長」というのはよほど身体的事情があるなどの場合に限られており、ほとんどの子どもたちは18歳で自立を余儀なくされています。現在、児童養護施設に暮らしている子どものうち半数ほどが中高生で、「高齢児」と呼ばれています。わずか数年後に迫る自立に向けて不安なことも多く、「措置延長」の制度があるといっても、時期によっては施設等に入所できず「待機児童」となっている子が入所を待っている状態であったりして退所しなくてはならなかったり、また、特に都市部は施設に入りたくても満員であることも多いというのが現状です。
そのような状況下では、我々が行っているような、子どもたちの自立を促す民間のサポートがより一層必要となります。行政が運営を委託している社会福祉法人などによる施設は、おおむね個人的に出資をしてくれる家や宗教法人がいることで成り立っているのが現状です。国や自治体から支給される予算の範囲で、施設設備や人件費などをまかなうというのは到底現実的ではありません。
FIT:高橋さんご自身が子どもたちの自立を支援しようと思ったきっかけはどのようなことだったのでしょうか?
高橋:実家が児童養護施設を経営しており、施設にいる子どもたちと一緒に生活してきたことがきっかけです。地元の学校に施設の子どもたちと一緒に通っていました。18歳になると何も支援がないまま施設を出て、自立しなくてはいけない状況に対して疑問を持っていました。
その後、兄がアメリカの大学で子どもの自立支援の手法を学んだことが、エンジェルサポートの創立につながりました。両親は、「児童養護施設の運営」をしていましたが、それとは違った形での支援の方法が見つかったわけです。当時の日本ではまだ、子どもたちの自立を支援するという活動は殆ど行われていなかったのですが、いずれ必要になると思い、NPO法(特定非営利活動促進法)が制定されたタイミングで、団体を立ち上げました。
設立当初は、既存の児童養護施設の理解を得ることも難しく、ほとんど相手にされなかったのですが、それも団体を立ち上げた理由の一つです。当時は、「子どもたちのケアは施設の中で完結させるものであり、それを外部の民間団体が支援することは、子どものプライバシーの面からも良くない」と思われていたためです。現在では、私が兄から引き継ぎ、2010年からエンジェルサポートセンターの二代目の理事長として運営しています。
FIT:なるほど、お兄さまがアメリカで学ばれた制度を日本の子どもたちのために活かそうとしているのですね。
高橋:そうですね。参考にはしていますが、アメリカと日本では状況は大きく異なります。アメリカでは児童養護施設での養護はできるだけ減らし、里親や養子縁組といった家庭養護が主流となっています。家庭養護の制度では、それぞれの里親や養親の家庭で生活することになるので、行政や施設職員が表だって子どもたちをサポートすることは難しくなります。データ上では米国における里親委託期間は平均2年といわれています。それは、子どもたちが里親を転々としていることを意味しており、自分の居場所がはっきりしないことにつながりますが、一方で、子どもたちを支える手が多いともいえます。アメリカでは、里親や養子縁組という選択肢がごく当たり前のものとなっており、「私の前の父は牧場主で、今の父は銀行マン」というように、子どもたちは自身の境遇を主体的に考えているようです。日本においては、まだ児童養護施設での支援が中心であり、18歳で退所して以降はほとんどサポートを受けることができない状況となっています。日本においては、18歳までは児童養護施設で一生懸命面倒を見ますが、18歳に達した途端にいきなり自分自身で稼いで食べていかなくてはならないことになっているのです。そのため、自立後の生活の準備をしておく活動は非常に大きな意味があります。韓国では、ソウル市がアメリカの自立支援制度をそのまま取り入れているそうです。日本もいずれは、日本に合った形での自立支援がきちんと制度化できると良いなと思っています。
FIT:日本では里親制度は難しいのでしょうか?
高橋: 国も「新しい社会的養育ビジョン(新ビジョン)」を掲げて、児童養護施設をなるべく小規模化したり定員を少なくすることで家庭的な養育環境に近づけたり、地域に分散することで地域支援へとつなげることにより、将来的には里親支援を推進していこうとシフトしようとしています。しかし、まだ里親の養成も十分ではないですし、里親に対してのサポート体制も整っていません。
また、里親に迎え入れられたとしても、残念ながらまた施設に戻ってきてしまう子どもが多いのが現状です。里親はサポートや知見がない中で子どもたちを受け入れるケースも多く、現実との乖離があります。児童相談所が間に入ることで、国は里親の支援に移行しようとしていますが、現場は追いついていません。これからが重要な時期だと思います。制度、子どもたち、親や里親、家族の問題をどう再統合していくかというところがポイントだと思います。
FIT:FITの寄付金はどのような形で使われるのでしょうか?
高橋:使途の一つ目は「居場所作り」です。退所後であっても、子どもたちをアフターケアできる役割を担えるような、児童養護施設や里親のもとから自立した子どもたちが、同じ境遇の人や支援者と安心して過ごすことのできる「場所」が必要だと思いました。高校を卒業して施設を出てしまうと、自分自身で生活費を稼ぐために忙しくなってしまい、友達と会う機会がなくなった結果、孤独感を感じてしまうという卒業生の声をもとにこの居場所プログラムの構想は始まりました。
対象となる子どもたちは親元に帰れないことも多いので、社会に出て自立するためには、お金を稼ぐ力や大学へ行って教養や技術を身に付けることも非常に大切です。そのためには彼らのことを理解し、支えとなる、良きメンターが社会の中により多く存在することが重要だと考えています。ここはメンターを育て、メンターと会うための場所になるのです。「大人の職員がいるから行きづらい」とか、「同じ施設の先輩がいると気まずい」など、様々な思いもあるようですが、できるだけ多くの選択肢の中から自分の居心地が良い場所を見つけ、選んでほしいと思っています。
また、全国の児童養護施設のネットワークを活用し、就職や進学のために地方から上京してきた子どもたちの支援にも力を入れたいと思っています。東京は、地方に比べて選択肢の数は多いのですが、地方から上京してきた子たちには頼れる知り合いもおらず、身近なロールモデルがいないことで、孤立に陥りやすく、自立に向けての第一歩をうまく踏み出すことができないケースもあります。そんな子どもたちを一人でも減らしたいと思っています。子どもたちに「東京で困ったことがあったら、寂しくなったらあそこに行こう」と思ってもらえるような場所にしたいと思っています。
FIT寄附金使途の2つ目の柱としては、「インストラクター養成プログラム」があります。これは、私たちが行なっている高校生を対象とした自立支援プログラムに参加している、施設等を退所して自立している先輩たちから、「自分が児童養護施設出身者だからという理由で、ここに来ていると思われるのは嫌だ」という声があがったことがきっかけとなっています。「社会の役に立つ人間としてここに来たい」という思いを持つ先輩がとても多いのです。そこで、FITの寄附金を活用して、そういった熱意のある高校生や卒業生に対してのトレーニングプログラムを新たに実施し、プログラム修了者が、エンジェルサポートセンター認定の「インストラクター」として活躍する仕組みを作りました。インストラクターが中心となってバーベキューをしたり、みんなでお茶を飲んだり、講師を招いた勉強会をしたり…というような試みをユース達が企画・運営し、継続していくことで、年齢や育った場所が違っても、交流しているうちに自然とお互いを知り、関係を育んでいけるような、新しい場所を作っています。社会的養護下にあった子どもたちがインストラクターとして成長し、社会人として自立し、後輩の良きメンターとなり、次の世代のインストラクターを育てていくというような新しい循環を生み出すことを目指しています。
FIT:先輩たちが児童養護施設を退所した後、社会人として自立し、社会のために働いているという話を聞くことで、18歳での自立を控えた子どもたちがモチベーションを高めていけるということですね。
高橋:はい、それが一番大事なことですね。私たちのような職員が講師として話すよりもずっと重要です。十年後、二十年後の自分の姿を具体的に考えられるように、実際に人々が働いている場所に来て、直接その人たちの声を聞き、何かを感じとることが大切です。現実の生活はもちろん大変なことの連続です。しかし、似たような背景を持つ人と出会い、彼らの暮らしや仕事について話を聞いてみることは重要です。児童養護施設出身というだけで負い目を感じる必要は全くないということを知ってほしいのです。結婚して子どもを持っている先輩から、結婚する前に自分の生い立ちについてどのように結婚相手やその親に話したのか、子どもがいる先輩は、自分の子どもにどのように話したのか、といったことなどを相談できる場も必要だと思っています。
里親家庭で暮らしている子どもの中には、エンジェルサポートの活動に参加したことで「生まれて初めて自分と同じ境遇の人に会いました」という子もいます。里親家庭では、児童養護施設での生活とは異なり、高校生ともなると同じ境遇の友達に会う機会が少ないため、「本当の親でない人の元で生きているのは自分だけだ」と思ってしまうことがあります。このプログラムに来ることで、他にも同じ境遇の人がいることを知ることができます。今まで話せなかったことを話すきっかけができたり、参加するたびに吸収できることがあるのです。
児童養護施設は、子どもたちのプライバシーを守るという観点から、子どもたちをできるだけ外に出さないようにするという傾向もあるため、子どもはそれによって守られている反面、守られすぎることで、18歳で社会に出た後とのギャップに辛い思いをすることもあります。そんな彼らの自立を支えるためにも、まずは同じバックグラウンドを持つ先輩の経験を知ったり、日常生活の中で良い意味での人との関係を育んだりすることで、自分のことをきちんと理解してくれる人が身近にいることを知ってもらうと共に、説明しなくてもわかっているよという人が施設の職員以外にもたくさんいるのだということを日常生活の中で繰り返し体験できる環境が大切だと思っています。
FIT:自立支援プログラムに参加する子どもたちと、どう接していますか?
高橋:「こういったプログラムが自分に必要だ!」と思って自ら申し込みをし、参加している子どもたちばかりです。青森から沖縄まで全国11箇所で実施しています。それぞれ近郊の施設や里親家庭から集まっています。まずは、「しっかりとした自分の意思があって、自分で行動に移せている」ということをきちんと評価します。そして、プログラムを進める過程で、「こういうことを学んだ」、「こういう人から情報を得てこういうことができるようになった」など、卒業後の自立を見据えたチェックシートに記録をしていきます。プログラム終了後には、チェックシートを見て自己分析をしたり、身近な職員や里親からのフィードバックを受けたりして、プログラムの前と後でどんな変化があったかわかるよう可視化しています。そうすることで、プログラムを通して達成できたことだけではなく、逆にできなかったことも把握することにつながり、自分自身を評価・認識することができるようになるのです。
FIT:最後にこの記事を読まれている方にメッセージをお願いします。
高橋:私たちは、社会的養護出身者であるかそうでないかということにこだわらず生活できる社会を実現したいと思っています。色々な家族の形態があり、児童養護施設は多様化している家族の一つの形にすぎないのだということを、広く知ってもらいたいです。世の中には、社会的養護出身者でも、いわゆる社会的な成功をおさめている人がたくさんいます。しかし、日本では、そういったケースでも、自分の生い立ちを語らない人が多い傾向にあると思います。アメリカでははっきり言いますよね。そういう点にも、日本ではまだまだ社会的養護への偏った見方を感じることがあります。
彼らは、あまり介入されたくないという気持ちがある一方、自分が育った背景に左右されない、対等な関係性を求めていることが多いと思います。児童養護施設等に入所する子どもたちは心の傷を負っています。さらに、その傷を自分の力で癒し、乗り越えていかなくてはなりません。乗り越えるためには、最終的には自分への自信を勝ち取る必要があるのです。この居場所プログラムを通して、子どもたちが色々な人に会うことで自分の将来像を少しでも描くきっかけになればいいなと思っていますし、一人でも多くの皆さんにエンジェルサポートセンターの活動や私たちが向き合っている課題を知っていただき、共感していただけると嬉しいです。