特定非営利活動法人キズキ
2018年に支援先団体として選ばれた特定非営利活動法人キズキは、不登校・中退・引きこもりなどを経験した若者を対象に学習指導や受験支援を行っている団体です。代表の安田祐輔さんにお話しを伺いました。
FIT: 事業を立ち上げたきっかけを教えてください。
安田: きっかけは色々ありますが、1つは、私自身が幼い頃から家庭環境に恵まれず、12歳から住む場所、一緒に住む人が頻繁に変わるなど、転々とした生活をつづけてきました。どこにも居場所が見つけられず、また私は発達障害もあり、いつの間にか学校に行かなくなってしまい、学校もやめてしまったので実はちゃんとした教育を受けていない時期があります。鬱屈した生活をしていたのですが、18歳の時に大学に行こうと思い、猛勉強の末20歳で大学に受かり人生が変わりました。
もう1つは、新卒で総合商社に入社しましたが、会社が合わなくて鬱病になって働けなくなり、ひきこもってしまいました。しばらくして鬱も治り始めていた頃、世の中はリーマンショックの時期で仕事も転職先もない状況だったので、起業した方が良いと考え8年前に起業をしました。
タフな経験をしてきましたが、良いタイミングで偶然や出会いが重なり、困難な状況ではありましたが、立ち直ることができました。この経験から「何度でもやり直せる社会」を創って困難な状況にある人が何度つまずいても、何度でもやり直せる社会を創ることが私の使命だと思いました。この思いがすべての活動の根本にあり、それがキズキの立ち上げに繋がっています。
FIT: 事業内容を教えてください。
安田: 株式会社の経営とNPOの運営をしています。どちらも「何度でもやり直せる社会を創る」ことをビジョンに掲げています。
2015年から株式会社の形態で事業をやる一方で、NPO法人は、大きな収益には繋がりませんが、大事な社会問題に取り組みたいと考えていました。始めは集まった寄付金を奨学金として塾に通えない一人親世帯かつ年収300万円未満のご家庭にお渡ししていました。
でも、塾に通うのに年30万円かかったとして、手元に集まった寄付金が100万円しかなければ、3人しか支援できません。この方法では、社会の仕組みを変えたことにはなりづらいのではないかと思い、「政策を変えて行くこと、現場でモデル事業を作ってそれを自治体の政策に採用してもらうこと」を考えるようになりました。
そこで2017年にクラウドファンディングで寄付を1400万円集め、塾代をバウチャーとして低所得者世帯に配布する「スタディクーポン」という仕組みを作りました。今年から渋谷区はこれをモデル事業として採用し、予算も付いています。
株式会社としてやってきた事業は3つあります。中退・不登校者のための学習塾経営、自治体から委託を受けて行う生活困窮家庭への訪問学習支援、そして鬱や発達障害がある方を対象に、ファイナンスやプログラミング、マーケティングを教えて再就職につなげる支援、をしています。
FIT: 多方面にわたり事業を展開されているのですね。FITの寄付金の使い道を教えていただけますか。
安田: 関東域内3か所の少年院で学習支援のための講師派遣、プログラム運営や教材使用料に活用させていただきます。
少年院にいる人たちの7割が高校中退・または中卒学歴で、3割が高卒です。彼らが少年院を出た後に社会の枠組みの中でしっかり生きていくためには、選択肢を広げるという意味でも学習支援、特に高卒認定試験の支援は必要です。
少年院の生活では勉強時間は確保されていたようなのですが、基本は自主学習となります。少年院で指導されている方が教えることもありますが、学習指導まで手が回らないという状況がありました。今は我々が参画し、少年院のプログラムに高卒認定試験の学習時間を設けてもらっています。今回のFIT支援金を使って茨城県牛久市を含む関東圏の少年院に講師を派遣できるようになりました。
今までのきっかけや自分の生い立ちが原体験となりつつ、8年前にNPO法人として立ち上げた後、4年前からNPOと株式会社を分けた事業形態になりました。NPOの方では、試行錯誤しながらも基本的にはモデル事業的なものを行政で作り、最終的には予算化までさせて、社会の仕組みにしていくことを目標にやっています。
FITからのお金で支援している少年院の支援で何が問題かと言うと、まだ高卒認定試験の支援の少ないということです。キズキは全国では4箇所の少年院に人を派遣する形で事業をしています。こういう言い方が良いかは分かりませんが、ただプロジェクトを行うことには私自身はあまり関心がなくて、きちんと政策にならないと意義が少ないと考えています。そして、この8月から法務省からのモデル事業として、茨城県牛久市の少年院支援に予算がつきました。
FIT: 少年院支援を思いついたのはどういうきっかけなのでしょうか。
安田: 懇意にしているNPO経営者が少年院への学習支援をしていましたので、誘われてこの事業を始めたということもあります。自分自身の生い立ちを考えるとそこに学習支援のニーズがあるということもわかっていました。また、株式会社で運営している塾の方でも授業料が払えなくて来られなくなってしまう生徒が一定数いました。少年院から出たばかりの生徒で、バイトをしながら半年間一生懸命塾に通っていたのに、自分の生活もしながら塾もバイトも、ということになると、余裕がなくなり全部が上手くいかなくなってつぶれてしまう子もいたわけです。
そのような生徒達を創業時から立て続けに見ていて、これはいつか取り組まなければいけない社会的な課題だと思っていました。本格的に取り組むことができたのは、少年法が改正されて、外部機関と連携できるようになったという理由もあります。
困難を抱える方を支援するには、方法は2つあると私は考えていて、株式会社で運営している塾のように事業を拡大して支援をするか、NPOとして行っているスタディクーポンや少年院支援のように、政策にアプローチして、国からサポートを受けられるようにするか。それを対象者によって使い分けています。
FIT: FITの寄付金の使用に限らず、安田さんの今後の展望、事業拡大や少年院支援に関して教えていただけますでしょうか。
安田: NPOと株式会社を分けた時は、NPOの方で初めは人海戦術で低所得世帯の方や少年院を支援しようと思っていましたが、それだと社会に対して大きなインパクトが出せない、と思うようになりました。世の中の仕組みを大きく変えるくらいでないとやる意味がありませんので。
株式会社の方も含めると、社会を変える方法は2つ、まずはビジネスを通じて受益者を拡大して行くこと。不登校と中退者向けの塾には全校舎で500名通っています。卒業生が各地に散らばっていき、社会で働き貢献している姿を見せることで不登校や中卒でもやり直せる社会なんだ、ときっと人々の認識が変わってくると思います。
今まで、不登校だと家に引きこもってどうにもならなかったのが、社会で活躍できるとなれば人の価値観も変わっていき、不登校でもやり直した人が当たり前に社会にあふれていたら不登校が問題だと思わなくなると思うのです。社会に与えるインパクトが大きく、影響が拡大していくことで、人々・社会の認識も変わっていくと思っています。ビジネスはビジネスとして拡大させていくことは今後もしていきます。
一方で、少年院のような場所はどのような支援がよいのか、これはやっぱり政策にアプローチするしかないと思っています。高卒認定試験の支援をすることはすごく意味のあることで理解をしてもらえると思うのですが、善意のボランティアで講師を無料でやれと言われても持続可能ではありません。我々の取り組みに予算をつけ、全国各地の少年院とその所在地域を支援するようになれば地元の業者が支援をするようになると思います。とはいえ、すぐに予算をつけてもらえるものではないので、「この取り組みは重要で、やる意味がありますよね」ということをひたすら伝え続け、必要性を理解してもらうしかありません。
また、少年院支援以外にも、我々は政策を作ってきました。先ほど申し上げたスタディクーポンでは、昨年度、渋谷区にて塾代バウチャーを低所得世帯に配布し大学の先生や有識者などと一緒に効果測定をし、成果を出すことで予算化まで達成しました。
困難を抱えている人がもう一回立ち上がって頑張れるようにしたい。そのためにさまざまな支援をどんどん提供できる取り組みをしていきたいと思っています。
以上